化粧品の世界は面白い。
華やかな宣伝には巨額の費用が投じられ、当代の人気女優やタレントが美を競いあう。
ある時は流行をつくり、またある時は世相を反映し、化粧品ビジネスは人口の半分を占める女性たちと寄り添って歩んできた。
なにより女性にとっては化粧をすること自体が楽しい。
現代女性は勿論、奈良の女帝も平安の姫君も、そして江戸の町娘はもちろん太平洋戦争下のご婦人方も、てのひらに乗る小さな商品の恩恵を享受してきた。
現代の女性が化粧品を「コスメ」と略称で呼ぶのも、その身近さゆえ。
愛情表現の一種である。
市場規模は2兆円程度(小売価格べース)。
41兆円の自動車市場、25兆円の外食市場、10兆円のアパレル市場と比べれば数字的には見劣りがするがヽそこで繰り広げられる知恵比べは他をしのぐ魅力に満ちている。
市場の成長は横ばいとはいえ、これはむしろ化粧品が不況に強い商品であることを示す。
家計を切り詰めるのに、安価なものに切り替えることはあっても、ゼロにする人はそうはいない。
いつの時代も女性たちは自分に合った化粧品を探し求めて奔走している。
化粧品に対する女性の夢は大きく、要求水準は果てしなく高い。
イメージ戦略には弱く、高い効果効能をうたった商品にはつい手を伸ばし、美しいカラフルな容器やネーミング、限定品にはことのほか弱いが、肌に直接付ける商品である以上、シビアな選択眼も併せ持つ。
ブランド名だけ、イメージだけでは必ずしも通用しない。
化粧品業界とは、「夢見がちなリアリスト」を対象とする究極の付加価値ビジネスだ。
しかしながら女性誌の化粧品記事は絶賛のトーンのみで彩られ、カタログ的な情報に終始している。
商品の素晴らしい効果については言葉を尽くすが、メーカーの戦術・戦略に触れることは皆無だ。
男性誌には、たまに化粧品メーカをたたく記事が踊ることもあるが、単なる暴露にとどまっている。
「化粧品に血道を上げる女はバカだ」というニュアンスが色濃いので、女性にはあまり関心を持たれない。
はじめにビジネス誌や業界誌に化粧品に関する記事が出ていたとしても、今度は専門的すぎて一般読者には敷居が高い。
また化粧品の害を告発する書籍はたくさん出ているが、ただただ有害性をあげつらうばかりで、女性が化粧品を使うときに浸る夢や高揚感がまったく考慮されていない。
要するに、化粧品を前にした時のときめきや楽しさはどのように演出されているのか、化粧品に抱く夢がどんな風に移り変わってきたのかを、当の女性が客観的に知る機会は非常に少ない。
まして、化粧などしない男性でも、「S」「美白」「ガングロ」なら聞いたことがあるはずだし、化粧品会社のポスターの美女には目が行くはずだが、この、世にも興味深い化粧品業界の熱戦の模様を、うかがい知ることは難しい。
これは、世相史を交えながら女性の夢と欲望が渦まく化粧品ビジネスの実態を探っている。
熾烈なコスメ戦争の現場に足を踏み入れれば、女性をひきつけてやまない化粧品の魅力がいかに形づくられているかを理解していただけるのではないか。
その一助となれば幸いである。
「美白」という言葉が世に浸透して久しい。
医学用語でもない、厚生労働省の定義にもない。
にもかかわらず、いまやすっかり市民権を得て、女性はもちろん男性にも馴染みのある言葉となった。
新語が定着する背景には必ずどこかに立役者がいるものだ。
美白の場合は、言葉を作った人物は定かではないが、普及の貢献者ははっきりしている。
料理・美容研究家のSである。
Sは「美しさには白い肌が絶対不可欠」という信念を、ブラウン管の向こうから体を張って示し、世紀末を駆け抜けた。
一度見たら絶対に忘れられない真っ白な肌と真っ赤な口紅。
TVに登場しては「白肌はお得よ」「美白は大事」と口にする不自然に白い顔の彼女を見て、女性があんな風になりたいと思ったかどうかは別として、少なくとも、白肌、美白という言葉は強烈に頭に残ったのではないか。
それほど、彼女の白塗りにはインパクトがあった。
1980年に、100万部を超える大ベストセラーを記録したダイエット本『やせたい人は食べなさい』で一世を風廉したSは、その後、化粧品や健康食品の会社トキノ(現ソノコ)を設立し、化粧品事業に乗り出した。
白い肌を実現するという触れ込みのトキノの化粧品には、彼女のカルト的なパフーが作用してか芸能人の信者でも多く、めきめきと売上げを伸ばしていく。
そして98年には銀座4丁目に5億円の改装費をかけて旗艦店を開き、トキノとSの力を見せつけるのである。
田園調布にあったYの豪邸を14億円で購入したりと、その後も何かと派手な話題を提供していたSは、2000年12月にこの世を去った。
彼女が残した遺産は88億円にものぼった。
しかし、美白なる言葉をしっかりと根付かせ、日本の女性の頭に刷り込んだことを考えると、彼女の遺産はそれ以上だったともいえる。
なぜなら、美白マーケットはいまもいっこうに衰えを見せないどころか、ますます過熱する一方だからだ。
美白化粧品は化粧品市場の約1割、額にして約2000億円と推定されるが、これは美白専用商品の市場規模に過ぎない。
二言に美白化粧品といっても、肌を白く見せる、日焼けを防止して肌を白く保つ、肌を白くするなど機能は様々。
しかしいずれも現在では、化粧品の標準仕様だ。
薬事法で化粧品は「人の身体を清潔にし、美化し、魅力を増し、容貌を変え、又は皮膚若しくは毛髪をすこやかに保つために、身体に塗擦、散布その他これらに類似する方法で使用されることが目的とされている物で、人体に対する作用が緩和なものをいう」と定義されている。
顔に使用する化粧品は、肌の調子を整えるために使われる化粧水や乳液などのスキンケア化粧品と、口紅やファンデーションなど肌に色を付けて「化粧顔」を作るメイクアップ化粧品に二分されるが、そのどちらにも美白効果を盛りこんだ製品が目立つ。
美白関連の化粧品がどれぐらい市場にあふれているのかは関係者ですら把握できない。
巨大市場の陰にSあり、なのである。
美白という言葉が市民権を得だのは90年代に入ってからだが、歴史をひもとくと、太古の昔から日本女性は白い肌を追い求めていたことがわかる。
美白関連の化粧品は「日これ紀」にはじめて登場する。
日本史上初の化粧品に関する記述は、元興寺の僧観成がおそらくは中国の文献を参考に鉛粉を開発し、女帝の持統天皇からたくさんの褒美を得た、というものだ。
この鉛粉が日本ではじめて作られた白粉と考えられる。
平安時代に入ると白い肌への憧れは高まり、鎌倉時代には白い肌=美という発想が定着した。
といっても、当時白粉を使って肌を白くできたのは貴族階級の女性だけ。
白粉は貴重品だったのだ。
そのため、武家や庶民階級は素のままの肌色で通すしかなかったが、手に入らないものへの憧れは募るもの。
白い肌を手に入れたいという庶民の願いは煮詰まって、江戸時代中期に入りようやく実現される。
特権階級限定だった白粉が庶民の間にも広がり始め、白粉使いは女性のマナーの一種となった。
元禄文化の時代には化粧水、ヘチマ水、フケ取り香油など、さまざまな化粧品が生み出されたが、基本はやはり白粉と紅だ。
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